没後50年を過ぎてなお、長く縦に引き延ばされたような人物のブロンズ像が強烈な印象を残す、スイス出身の芸術家アルベルト・ジャコメッティ。2017年夏、東京の国立新美術館で11年ぶりに開催された大回顧展「ジャコメッティ展」が、約2ヶ月半の開催期間中におよそ14万人の観客を動員したことも記憶に新しいだろう。ジャコメッティは彫刻家と分類されるが、実は日常的にデッサンを描き、肖像画などの油彩作品の制作も精力的に行っていた。“見えるものをそのままに”を信条に、時間を惜しんでアトリエに籠もり、いったん作った作品を壊すことに躊躇がなかったと伝えられている。妥協なき精神の持ち主だった天才の素顔とは?
1964年、パリ。個展が始まったばかりのジャコメッティがアメリカ人の作家で美術評論家のロードに、「肖像画のモデルになってほしい」と声を掛けた。憧れの作家直々の指名に名誉と好奇心を感じたロードは、2日あれば終わるとの言葉を信じてイポリット=マンドロン通り46番地にある巨匠のアトリエへ向かった。ところが、愛人カロリーヌの突撃訪問やジャコメッティのスランプもあり、セッションを重ねても肖像画は進まない。いつになったら肖像画は完成するのか。本能と信念のままに生きるジャコメッティのすべてを記しながら、ロードは不安に駆られていた。
本作は、ジャコメッティが最後に手掛けた肖像画のモデルを務めたジェイムズ・ロードの回顧録「ジャコメッティの肖像」(みすず書房)を、『プラダを着た悪魔』『ラブリーボーン』などで名声を確立した性格俳優のスタンリー・トゥッチが脚色、監督した知的コメディだ。ジャコメッティの大ファンだった監督は10年間も脚本を温め、ついに長編第5作目として完成させた。描くほどに苦悩し暴発する複雑な天才と、そんな彼に翻弄されつつも創作過程と日々の出来事を尊敬の念で観察するロードの奇妙な関係を再現。ジャコメッティの創作活動を支える弟のディエゴ、妻のアネット、愛人のカロリーヌ、日本人哲学者の矢内原伊作が織りなす複雑な関係をも暴露し、アートファンの喝采を浴びた。
ジャコメッティに扮するのは『シャイン』のアカデミー賞®俳優、ジェフリー・ラッシュ。特殊メイクとダボダボの衣装でジャコメッティそのものに変身し、鬼気迫る表情で天才作家を熱演する。監督とラッシュは『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』(14/スティーヴン・ホプキンス監督)で共演済みで、気心の知れた関係がうかがえる。後に美術評論家になる若き青年ロード役には『コードネーム U.N.C.L.E.』のアーミー・ハマー。ハマー自身も、石油王でその名を冠した美術館がある曾祖父を持つ筋金入りの美術愛好家だ。
肖像画はいつ、どのように完成したのか? 彫刻の天才を見る目が一変するほどに、衝撃的で笑劇的な18日間のセッションを目撃せよ!