彫刻家、画家、素描家、そして版画家であったアルベルト・ジャコメッティは、1901年、イタリアとの国境に近いスイスで生まれた。ジャコメッティの父ジョヴァンニは後期印象派の画家として知られ、アルベルトと彼の3人の兄弟が幼いころから、子供たちに芸術への関心を植えつけた。ジュネーヴ美術学校を卒業したジャコメッティは1922年にパリへ移り、アカデミー・ド・ラ・グランド・ショーミエールでアントワーヌ・ブールデルに学んだ。この頃、彼は、目に見える現実を写し取ることは不可能だと感じ始めたとされ、それが彼の芸術作品の主要テーマとなった。やがてシュルレアリスム運動に参加した彼は、瞬く間に成功をおさめ、1925年に初めて展覧会に出品した。

1926年、ジャコメッティは終の棲家となる、イポリット＝マンドロン通り46番地のアトリエを借り、彼の右腕でもあった弟のディエゴも合流した。1932年に初の個展を開いたのち、ジャコメッティはシュルレアリスム運動から距離を置き始める。その後の1936年から1940年にかけての作品は、人間の頭部や一点を見つめる腰かけた人間の彫刻が主になっている。これらの作品の特徴は、弟のディエゴのほか、友人でアーティストのイザベル・ロースソン（旧姓：デルバー）や妹のオッティリアなどの知人をモデルにした、単独の人物像であることだった。彼の彫刻がまるで線のように細長くなったのは、目に見えるものの本質を捉えようとして、細部を削ぎ落としていったからだと言われている。目で見たとおりのものを作るという目標は、彼にとって達成し得ないものだった。

第二次世界大戦中、ジャコメッティはパリを離れてジュネーヴへ移る。そして1943年に、その後妻となったアネット・アルムと知り合う。1945年にパリに戻った彼は、自身のヴィジョンを彫刻で表現するようになり、1946年と1947年に有名な細長い彫像を制作した。1948年から1956年にかけて、ジャコメッティは世界的にその名を知られるようになり、ロンドン、パリ、チューリッヒ、バーゼルで個展を開いたほか、ニューヨークの公共空間のための大作を依頼された（彼から辞退）。そして20世紀の美術に大きく寄与した「ダークヘッド」シリーズや、いわゆる「ジェネリック」マンと呼ばれるスタイルを生み出した。

1956年には、日本人哲学者の矢内原伊作をモデルにした制作がきっかけで、芸術家として危機的状況に陥る。そうした状態は、カロリーヌの名で知られる娼婦イヴォンヌ・ポワロデュと出会うまで2年間続いた。カロリーヌとの出会いが、「最後の肖像」と呼ばれるジャコメッティのレガシーの最終期の始まりとなる。

1958年から1960年にかけて、ジャコメッティはカロリーヌの肖像画を30作近く描いた。1964年にアメリカ人の作家で美術評論家のジェイムズ・ロードがモデルを務めた。翌年、ジャコメッティは弟ディエゴ、妻アネット、写真家エリ・ロタールをモデルにした最後の彫像を制作した。晩年には、パリのさまざまな場所を描いた全150点の版画も手がけた。

1966年、アルベルト・ジャコメッティは、多数の描きかけの絵画と、ある記者が「度重なる失敗作の宝庫」と表現した部屋を残して、故郷スイスで死去した。

ジェイムズ・ロードは、パブロ・ピカソとアルベルト・ジャコメッティの伝記を書いたことで知られるアメリカ人作家で美術評論家である。

1922年に上流階級の家庭に生まれたロードは、つらい子供時代を過ごした。巧みな文章を書くにも関わらず、しばしばクラスメートたちにからかわれた上に、ある寄宿学校からは退学処分を受けた。また、ホモセクシュアルであることを父親に打ち明けたときには、精神科医にかかれと言われてしまう。1942年に米国陸軍に入隊したロードは、情報部隊に所属したのち、Dデイ後のパリに駐留。その頃に勇気を出してかけた電話がきっかけで、ピカソと当時彼の愛人だったドラ・マールと知り合う。これが、ピカソとマールとの長い付き合いの始まりとなった。

戦後、故郷に戻ったロードはウェズリアン大学で学び始めたが、学位を取得することなく、1947年にパリに戻った。そしてピカソと再び接触するようになり、旅行や美術品の売買や社交を楽しむ生活を送った。ジャコメッティに初めて会ったのは、1952年、パリのカフェ“Deux Magots（ドゥ・マゴ）”でのことだった。その10年後、ロードは、ジャコメッティから肖像画のモデルになってくれと頼まれる。二人は18回にわたって肖像画制作に臨む。それが、1965年に出版された回顧録「ジャコメッティの肖像」へとつながった。1966年のジャコメッティの死にインスパイアされたロードは、完全な伝記を書きはじめた。ジャコメッティの死から20年近く経った1986年、ロードはこの複雑な芸術家を称える伝記を世に送り出した。2009年、パリで死去。